プロローグ~プロローグ~暗い闇の中……。 四方八方を土や岩で出来た洞窟の中。 太陽の光など無いが、特殊な鉱石により辺りに光を与える。 しかし、今、周りを照らしているのはその鉱石ではなかった。 辺りは、赤やオレンジが照らしている。 それはゆらゆらと揺れ、大きくなったり小さくなったりと形を固定しない。 つまりそれは炎だ。 その炎から逃げ惑い人々は走り回る。 逃げ惑う人々の後方から更に大勢の人々が歩き近づいてくる。 先頭に立つ大男が叫ぶと、大勢の人々は走り出し、逃げ惑う者たちを追いかける。 剣を振りかざし、地面を垢に染めていく。 それは、戦争という名の殺戮だった。 逃げ惑う人々の中を縫う様に走る青年がいた。 青年は白い髪をなびかせながら走る。 「西に走れ!長老たちがゲートを作ってるぞ!」 青年は叫びながら走る。何かを探す様に、左右を振り向きながら再度叫び、また走る。 そして、目当てのものを見つけ駆け寄る。 「何をしている!早く逃げろ!」 彼は駆け寄った女性の腕を掴む。しかし女性はそれを拒んだ。 「彼を置いては行けない!」 彼女の目の前には今にも死にそうな男が倒れていた。 「こいつはもうダメだ!諦めろ!お前も死にたいのか!」 だが、彼女は諦めなかった。諦めたくなかった。必死に回復魔法ヒールを唱えるが、マナが足りない。 そうして、目の前の小さな命と言う炎は消えていった。 彼女は涙を流した。 しかし、彼らには泣いている暇は無かった。すぐ目の前に敵が来ているのだ。 青年は彼女の腕を掴み強引に立たせ、走り出した。 彼女も必死に足を進めている。 しばらくは共に走っていたが、突然彼女は青年に掴まれている腕を無理やり外し、立ち止まった。 「彼らは……オームたちはどうするの?」 青年も足を止め、再度彼女の腕を掴もうとする手が止まった。 「オームたちは向こうの世界では生きられない。……安心しろ、オームたちには北の洞窟に逃げ込めと言ってある」 彼女は青年を見て、口を開いた。 「嘘よ……助けてくる!」 彼女は振り向き走り出した。 青年も走り彼女の腕を掴んだ。 「止めろ!死にに行くようなものだぞ!」 「でも!彼らを助けたいの!」 青年は彼女の顔を見る。 彼女はにらみ返す様にこちらを見ている。 ……どうしてお前は昔からそうなんだ。 青年は少し俯き、 「解った」 小さく呟いた。 「……え?」 聞き取れなかったのか、彼女は問い掛けてきた。 「解ったって言ったんだ!俺が少しでも時間を稼ぐ!お前はオームたちを助けろ!」 その言葉に、彼女の顔に笑みを持つ。 「うん!」 二人は走り出した。 「いいか!全員を助けようとするな!酷な事だが、助けられる奴だけを助けるんだ!」 「はい!」 彼らは二手に分かれた。青年は炎が舞う方へ、彼女は北のほうへ。 青年は武器を構え、戦乱の中へ入っていく。周りでは、仲間たちが先に戦っていた。 青年が目指すのは一つ、敵の頭だ。 「……いた!」 目当ての相手を見つけた。 人々が乱戦する中央に大男が立っていた。 竜の骨で出来た兜をつけ、体に防具は付けていない。恐らく強さへの自信だろう。両手には長く伸びたクローを構えている。その姿には見覚えがある。 「やはり貴様か……!バランカ!!」 叫ぶとバランカは青年を見て笑みを溢した。 青年はダッシュ力を力に変え相手に切りかかった。 ……二十年前の出来事だった。 そして……現在。 空には黄色く光る満月があり、その周りを多くの星たちが瞬いている。 時刻は深夜を回る。 森に住む獣たちは、今は寝床を見つけ安眠を得ている。優しい風が木々の葉を揺らし、心地よい曲を奏でる。まるで森に住むものたちの子守唄のように。 何の不信も無い静かな夜である。 しかし、そんな静寂の森を乱すかのように一つの影が通り抜ける。 月明かりに照らされ、影主の姿が現る。 肩甲骨あたりまで伸びた白い髪に、全身を覆う茶色の肌が闇を思い立たせる。 上半身は動き易い様に黒のTシャツ一枚を着るぐらいで、下半身は上半身同様動き易い様に短いズボンを履いているくらいだ。 後ろ腰にはベルトに無理やり備え付けたダガーがある。 動く度に振る手足は細く、胸は若干の膨らみがあるところを見ると、女性だと判断できる。 彼女は森の中を走っていた。 足音はほぼ無に近く、しなやかな動きで、森の木々たちの間を抜けていく。 彼女はしきりに後ろを気にしている。その表情は恐怖を表している。 後ろを気にし過ぎたためか、木の根っこに躓き転んだ。 とっさに受身を取り草の上を転がる。長年積もった枯葉と草、柔らかい土のおかげで体に外傷は無い。間接の痛みも無い。 「大丈夫…まだ走れる」 転んだときに着いた土の汚れを気にせずに立ち上がろうとするが、足に力が入らない。 「もう少し…もう少し…」 焦る気持ちが、体の動きを悪くする。 夜の森は静かだった。聞こえるのは己の呼吸と鼓動だけだ。しかし、そのように耳に捕えるのは普通の人間だけ。彼女の耳は人の二倍近くはあり、先端にいくほど細くなっている。その特徴はエルフに酷似していた。しかし、彼女はエルフではない。 彼女はその耳で辺りの音を捕えた。 獣たちの寝息、鳥たちの寝息、風がかすかに葉を揺らす音。 すべては安らぎの音でしかなかった。 しかし彼女の耳は後方でかすかな音を捕えた。 それは足音だった。 数が八つ、足音が軽いため人だと思わせ、速度は速く、走っているのだと解る。 「……急がないと」 彼女はさらに足に力を込め、無理やり立ち上がった。 そして踏み込み、走り出す。一歩目から全力で。 走るとすぐに街道に出た。街道といっても、森と森の間に草の生えない簡素な道だ。その道は南北に延びその先は見えない。 彼女は迷うことなく北に進路を決め走り出した。 足に限界が近づいている。 どのくらい走っているのか彼女は覚えていない。いまする事は、ただ走り、奴らから逃げる事だけだ。 自らの足に鞭を入れるかのように走りつづける。 進む道の先に異なる物が見えた。 石で出来た橋である。 その橋はケントとグルーディンの街道の間にある橋であった。 「見えた!あれを超えればケントはすぐだ」 耳を澄ませ、後方の足音は先ほどとは違い、距離が縮まっていた。 さらに急がせる足の前にあるものが見えた。 橋を守るケントの兵士の詰め所だ。 しかしその詰め所には、遠くから見た限り、明かりも無ければ、人の気配もなかった。 彼女は不審に思ったが、今は足を止める訳には行かない。敵はすぐまで来ているのだから。 土の地面とは違い、硬い石の感覚が足に更なる苦痛を与える。しかし、彼女は速度を落とすこと無く橋を渡っていく。 それほど長い橋ではないため、すぐに抜けてケントに到着するのだが、 「―――!」 橋の終わり付近に一つの影が見えた。 その姿は月明かりに照らされ、服装は首筋から足元まで一繋ぎのローブで身を包み、右手には杖が握られていた。 彼女はその姿に見覚えがあった。それは彼女がつい先ほどまでいたラスタバド軍のウィザードが装備しているものと同一だったからである。 彼女は今、ラスタバド軍から逃げていた。目の前にいる人は勿論のこと、後ろから追いかけてきている奴らも敵なのである。 彼女は一瞬悩んだが、迷いを断ち切ってさらに加速した。 ……止まったらダメだ。 狭い橋の上のため状況的にこちらの方が不利だ。しかし、足を止めれば後方の敵が追いつき、状況はさらに悪化してしまう。 だから彼女は目の前の敵に突っ込む。 ……相手は一人だ。 腰に付けていた武器、ラスタバドダガーを引き抜き前にかざして突撃した。 殺傷能力は低いが、敵を少し退かすぐらいのことは出来る。 背を低くし、足に力を込め目の前の敵に集中した。 距離は約五m、四歩弱でたどり着く距離だ。 相手はただ立っているだけ、防御体制も攻撃態勢も取らない。 距離が縮まり、のこり約二歩分。 ダガーを少し引き身構えた瞬間…… 「!」 相手のウィザードが突然動きを見せた。 右手にある杖を振りかざし、先端をこちらに向けたのだ。 ……しまった! 思うと同時に横に飛ぼうとしたが遅かった。ウィザードの杖から出たマナがこちらに向かって矢のように飛んでくる。 ……距離が短すぎる。 彼女は防御も回避も出来ないまま、マナを腹部にまともに食らってしまった。 「―――ッ!」 腹部を強打され肺の空気が一気に外に出され、さらに反動で後方に二mほど飛ばされた。 石の地面に背中を打ち付け強烈な痛みが彼女を襲う。 「ハァ…ハァ…」 口を開けると息をすることが出来る。ダメージはそう深くないが、肺は酸素を求めている。そのため体がうまく動かない。 不意に足音が鼓膜を揺らした。 ……奴らが近づいてくる。 痛みを堪え、無理に立ち上がる。 視界は焦点が合わずぼやけて見える。 左手で腹部を押さえ、右手のダガーを構える。 足に力が入らず、動くことは出来ない。 足音が目の前で止まり、 「立っているのがやっとか」 男の声が聞こえた。喋ったのはおそらく目の前にいるウィザードだろう。 彼女は右手のダガーを振り攻撃したが、相手を見ることを出来ないため空をを切るだけに終わってしまった。 「悪あがきは止めたまえ」 振った起動から下の方から声が聞こえた。 目の焦点が合い、目の前の景色が見えるようになってきた。 上には夜空と黄色に輝く星と満月、森の奥の方からは微かな光が見える。おそらくケント城下町の光であろう。 その目で下を見ると石の地面に身を屈んでいるウィザードが居る。 左に振ったダガーを持ち替え上から振り下ろそうとしたが、 「だから悪あがきは止めろと言っているのだ」 ウィザードは左手を掲げ彼女の喉を捕えた。 「―――!」 相手はウィザードのはずなのに握力が強く彼女の喉を締め付ける。さらに上に上げられ、足が大地を捉えることが出来なくなる。自分の体重で更に喉を締め付ける。 まだ息が整っていない状態で締め付けられたせいで、体の動きはすぐに封じられる。全身から力が抜けていく。振り上げた右手も力を失い、落ちていく。握り締めていたダガーも重力に任せ下に落ち、乾いた音を響かせる。 その音と重なるように足音が聞こえた。 「遅いぞお前ら」 ウィザードの声が聞こえた。 後方から追ってきた敵が追いついたのだろう。彼女は薄れ行く意識を必死に繋ぎとめるのがやっとだった。 「すまない、途中で邪魔者が入った」 ウィザードが彼女の後方に目を移した。 「――誰だお前ら!」 突然ウィザードが叫んだ。 叫ぶと同時に彼女の喉が開放された。 足に大地の感覚があるが力が無いらない。重力に対抗できない足が崩れ、石の地面に彼女は倒れた。かすかに残る意識の中で、目の前のウィザードが胸部を切られているのを見た。 そして、彼女の意識が闇の中に落ちた。 続 第一章 再開 登場人物紹介 作者コメント 新シリーズスタート! まだまだ書き初めです( ´ω`) 続きは7月上旬頃にお届けできたらいいな~ ジャンル別一覧
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